お侍様 小劇場
 extra

   “秋色デザートvv” 〜寵猫抄より


 この夏は何だかとんでもない酷暑に見舞われ、そこから続いた秋もまた、いつまでも真夏日の不快な日々が居座ったため。このまま残暑がずるずると、居残りを決め込むものかと思われたものの。

 “いやにあっさりと、と言うか、
  やっぱり極端な格好の、急転直下がやって来ましたよね。”

 お彼岸は涼しくなりゃあいいんだろという、どこか“やっつけ仕事”ででもあるかのように。いきなり10℃以上も気温が下がり、それまでは真夏の服装じゃないと居られなかったの、嘲笑うかのような意地悪をしでかしてくれた、やっぱり微妙な この秋のお日和。その後も、平年より高めの暑さは各地にちょろちょろお目見えしつつ、それでもさすがに衣替えの10月を迎えた頃合いには、上着を必要とする朝晩がやって来て、

 “やっとのこと例年通りに、
  季節感を見回せるようにもなりましたよね。”

 色づく木の葉をイメージしてのことか、それとも郷愁や感傷を誘ってか。秋と言えばのブラウンやセピア、ワインカラーといった落ち着いた配色が、街並みを彩るディスプレイやポスター、女性のファッションなぞにも使われ始めているけれど。

 “わたしは、どちらかといや♪”

 覗き込んだのは、通りに面したショーウィンドウ。そこにもやっぱり、ブラウン系のディスプレイがお目見えしているものの。剽軽な笑みを浮かべたカボチャのランタンや、落ち葉を模した細工菓子に囲まれたお城は、様々なショートケーキに飾られており。あめ細工の魔女っ子や黒猫が、笑顔で“おいでよ”と手招きしているその店は。ここいらのみならずJR沿線という広範囲なエリアで、素材にこだわる季節毎のケーキが抜群と、名店として評判のケーキショップだったりし。ガラス張りの店内は平日の昼下がりという時間帯でもお客さんの入りがよく。そうかといって、売り切れ御免という心配もないのは、営業中も厨房ではせっせと商品を作り続けておいでらしいから。さてさて、わたしもと、よく磨かれたブロンズグラスのドアを よいせと引き開けたところが、

 「カボチャはハロウィンに付き物だからって扱いなワケで。
  やっぱり秋と言ったら、栗と柿とおイモなんでしょね。」

 買い物が済んだばかりか、女の子たちがこちらへやって来るのと真っ向から向かい合う構えとなった。奥行きもある店内なので、ドアを開けたらいきなりドンというよな恐れはなかったが。女子高生なのだろう、お揃いの制服姿をし、それからそれから、十代の最も瑞々しい華やぎをまとった少女らが3人ほど。秋の素材を生かしたお菓子を選んでのことだろう、お喋りも弾んだまま、こちらからすりゃ入って来たドアへ、軽快に歩んで来たところだったのだが。

  ―― え?

 道を譲りながらもその視線が相手から外せなかったのは。その中の一人、ちょうど秋の味覚という話を紡いでいたところの少女へと、留まった視線が外せなくなったから。いかにも日本の学校のそれという、濃色のセーラー服をまとっていた彼女は、だが。光沢もつややかな金の髪をしており、瞳は水色。霞をおびているように見える白い頬に、壮健そうな朗らかな微笑みを浮かべ。お連れのお友達と笑いさざめきながら、あっと言う間に通り過ぎ、店からも出て行ってしまったのだが。

 “…何でああまで、シチさんとそっくりなんだろう。”

 これから原稿の打ち合わせに出向く、売れっ子の小説家せんせえのお宅の有能な私設秘書殿。七郎次さんという名前を“シチさん”と気さくに呼ぶようになってどれほどか。その金髪の美丈夫と、どこか面差しのよく似た少女だったものだから。えええっと息を飲むほど驚いてしまい、その場に凍りつきかかった林田くんだったのであり。

 “そうそう、そこいらにいるってお顔じゃあないのになぁ。”

 お名前も古風なら、実は実は生粋の日本人でもあるそうで。だっていうのに、見事な金髪に、上等な玻璃玉を思わせる青い目を持つ彼の青年は。どちらかといや精悍な風貌の島田先生より、よほどのこと文筆業向きと思わせるよな、嫋やかな容姿をしておいでで。先生の創作活動にまつわる様々な事務管理は元より、日常のお世話に住まいの手入れ、ご自身の資産としてお持ちの家作の管理のほうまでも、きっちり把握なさっておいでの頼もしさであり。優しげで玲瓏美麗なお顔や均整のとれた肢体をし、その上、武道も嗜んでいて、機敏に立ち回る立ち居振る舞いには切れがあり。

 “そして、ご自身そっくりの従姉妹までおいで…ってことだろか。”

 今頃気づいたが、彼女らが着ていたのは、この駅からそう遠くはない名門女学園の制服だった。だとすれば、どっかの国の外交官のお嬢様かも知れず。向こうは向こうで、生粋の北欧の女の子なのかも知れないかなぁなどと、やっとのこと、色々な“もしかして”が想起出来るまでに頭の回転が復活したところで、

 “いかん、いかん。”

 惚けている場合じゃあないと、我に返ってフロアの奥向き、きらびやかなケーキたちがひしめく、ショーウィンドウへと向かい合うことにする。

 「えっと、モンブランとそれから、こっちのブラマンシェのタルトと、」

 どちらかといや、林田も甘党で。とはいえ、島田せんせえはお酒のほうがお好きな辛党。よって、手土産には何を選んだらいいものかと実は時々困っていたものが、最近は迷わずケーキや和の上生菓子をと、得意分野の範疇内で選べるようになった。というのも……、

 「よぉ、○○社の。」
 「え? あ、☆☆堂の。」

 4種ほど選んだショートケーキをそれぞれ3つや2つずつ、化粧箱へ詰めてもらっている間合いへ、ポンと肩を叩いて来た人があり。え?と振り向けば、他社だが顔見知りの編集者。林田よりは年下のはずで、それでもぎりぎり同世代だということとそれから、同じ先生の担当でもあるがため。顔を合わせる機会が増えたそのまま、話をするようにもなったお人で。

 「外回りか? 何か珍しいな。」
 「営業じゃないです、原稿をね。」
 「そっか。誰せんせえ? あ…まさか、島田先生か?」
 「ええ。」
 「でも、この駅で土産買ってくのか?」
 「ここのって、美味しいって評判じゃないですか。」

 書くものへのこだわりがないワケではなさそうだし、手を抜くことも嫌う島田せんせえは。どれほどの活力と集中力をお持ちか、結構あちこちに並行して連載やシリーズものを抱え、破綻なく手掛けておいでで。よって、それぞれの編集部に担当がいる。この彼は自分に比すれば最近になって担当を任されたクチらしかったので、せんせえはどんなお人かと探りを入れてくることも多かった。このところはそれもなくなり、どうやら自分なりの把握を固めたらしいのではあるが。

 「ケーキ、か。」

 ふ〜んという瀬踏みをするよなお顔になると、

 「俺もたまに持ってくが、
  あそこの秘書さん、ちょっと失礼なことしねぇ?」

 「はい?」

 辺りを見回す素振りつきで、小声になったところから察して。例えば本人へは聞かせられぬような、つまりは少々陰口めいた言を告げたい彼であるらしく。

 「だってよ、結構高いの持ってってもさ、
  まずはネコに選ばせんだぜ? あれはやめてほしいよな。」

 何もネコにって土産を買ってってんじゃねってのと。今時の身だしなみは完璧か、少々鼻につく口臭消臭剤の香りをさせて、そんな言いようをした彼へ。あ・ああ、それねぇと、林田はどこか曖昧な顔をする。確かに、あのお家では先年から家族が増え、それ以降は何かにつけその小さな家人を優先する傾向がなくもない。養子にした小さな子供…ならまだ判るが、手のひらに乗っかりそうなほどという、小さな小さな仔猫が一匹。キャラメル色の毛並みもふわふかで、お顔やスタイルもそれは愛らしくて、同じ種族の中でもずんと美人のクチに入ろう可愛い子ちゃんなので、秘書殿の溺愛ぶりは相当なもの。彼が言ったように、ケーキを持って行けば、まずはと島田先生より先に仔猫に覗き込ませて選ばせるし、いくら原稿をいただきに来た編集員でも、どっちかといや客にあたろうに、そんな来客を放っておくほどじゃあないにしろ、延々と仔猫と遊んでやっていてという、どこか片手間な応対もしょっちゅうで。

 「訊いた話じゃあ、それはよく出来た敏腕秘書だということだったのに、
  あの公私への分別のなさはどうだろうかね。」

 ちょっと売れっ子作家の家族だからって、何も秘書役までが、高慢な振る舞いしなくてもよくね?と。そうと持って行きたい彼であるらしく。同志を募りたくてか、林田にまでそんな内緒を振るところをみると、

 “他の編集さんたちからは相手にされなかったな。”

 童顔だから同期に見えるか、タメグチはいつものことだし。人へあれこれ聞きほじっても、自分の抱えたネタは出し惜しむタイプの男だというのも、それこそ林田には把握済み。時々 目に余るのか、本人のためにもならんからあんまり甘やかすなよと、先輩編集員の方々からも言われているが。そんな皆さんからそろそろ煙たがられておいでなら、自分くらいは話を聞いてやんないとと、そんな風についつい思ってしまうお人よしな林田なのであり。そうまで気を遣われていること、気づいているとは到底思えぬその彼が、何やら言い足そうとしかかったところへと、

 「……おや、ヘイさんじゃないですか。」

 二人が立っていたショーウィンドウへ、やはり歩み寄って来たのだろ新しいお客人。そのお人が掛けて来たお声には、こちらの二人にも重々と覚えがあり。

 「珍しいところで逢いますね。」
 「シチさん。」

 あれまあ、噂をすれば何とやらってのはホントなんだねぇと、その奇遇を心から喜んだのが林田ならば、

 「〜〜〜〜っ。」

 あわわ…とお顔を引きつらせ、自分よりも小柄なよその編集さんの陰へ隠れかかったのがお連れさん。当然のことながら、そちらさんとも顔なじみの彼としちゃあ、

 「えと、☆☆堂の…?」
 「は、はははひ、M坂です。それでは。」

 こんにちはも言わずのさようならと、大慌てで退散してった後ろ姿へ、ご機嫌ようと手を振りながら、

 「ヘイさん、今のおしゃべり、
  アタシにも聞こえてたってのは内緒ですよ?」

 「…はあ。」

 こちらを向きもせずの七郎次の言いようへ、

 “おや、怒っておいでなのかな?”

 確かに失礼な物言いだったが、あの程度の揶揄で感情的になられるとはお珍しいと。そっちへ意外だなぁと思うほど、島田さんチの皆様へ、すっかりと馴染んでおいでの林田平八くんだった。





    ◇◇◇



 「ほぉら、久蔵。
  ヘイさんがね、Y橋のアンダンテでケーキを買ってくれたんですよ?」
 「みゃあvv」

 彼らが顔を合わせたのは、あの逃げてった編集さんが“そこでの買い物とは…”と怪訝に思ったように、島田せんせえのお宅からは3駅ほど離れた繁華街のケーキ屋さんであり。も少し先のQ街にある本店では、ただただ高級志向の贅沢な品をばかり並べているのだが。こちらでは それとは微妙に趣向を変えていて、純正の材料にて、手の込んだいい品をと、季節のケーキを中心にプリンやムースも取り揃えておいで。しかもリーズナブルなので、ともすりゃ、こっちの方が集客力は高いかも…とまで言われているほどの人気店。とはいえ、距離があるものだから。甘党の七郎次だとはいえ、彼があのタイミングでお顔を出したのは、本当に奇遇もいいとこという奇跡の遭遇だったのであり。

 “間の悪いお人だよな、まったく。”

 しかも、その彼が飛んで逃げたのは、微妙に殺気立ってもいた七郎次だったのを嗅ぎ分けたかららしく。

 『いえ、陰口が聞こえたからじゃあないんですけれどもね。』

 それでも、そういや ちょっぴり挑発的な、そのまま喧嘩腰になっちゃえそうなほど、揮発性の高い雰囲気がしてもおり。そこからの同行となったタクシーの車内でのお喋りで、ああとやっとの納得がいった。

 『なにね、家作の一つ、又貸ししていたお人がいたので、
  どういう料簡なのかって話をつけに行ってたもんですから。』

 立地のいいところだからと、法外な値でそういうことをやってたもんで。しかも相手がゴネかけたんで、ちょいと…ネと。説明しながら苦笑したお顔は、さすがに熱も去ってのやんちゃなだけな笑顔だったが、

 “こういうのには敏感だったんだな、あの人。”

 島田勘兵衛せんせえは、若いころからその道を目指して作家になったという人じゃない。若いころはといや剣道にばかり打ち込んでいた、とある旧家の跡取りで。割と早い時期に亡くなられた親御から引き継いだ、結構な不動産収入だけで、十分喰っていけそうな身の上だったそうであり。作家になったからにはと、こちらの仕事にちゃんと身を入れておいでな分、そちらの管理が疎かになりがちなところも、この美貌の秘書殿がきっちりしっかり眸を届かせておいでなのであり。

  しかもしかも、恐ろしいことには

 彼もまた、勘兵衛と同じ道場で剣の道を研鑽した剛の者であり。嫋やかな風貌から弱腰な青二才だと思っていたらば、なんのなんの、凍るような気魄でもって交渉に望む、そりゃあおっかない代理人としても有名だとか。そのスジの男だった借り手がゴネて、刃物を持ち出して凄んだの、難無く取り上げてしまうと、刃をひと舐めし、

 『手入れがなっちゃあいないねぇ』

 こんなんで指を落としたら、切りきれなかった筋が残って手間どって、そりゃあ長いこと痛い想いをするんだよと、冷たく笑って言ってのけ。どこの組の兄さんか知りませんがどうもすいませんでしたと、土下座して謝らせた……なんて伝説もあったりするとか。

 『勘兵衛様、それってお話に使ったネタじゃなかったですか?』
 『さて どうだったかの?』

 いやいや、わたしデビュー作から先生の作品全部読んでますが、そんなお話に覚えはありませんと、乾いた笑い方をして以降。この美人さんを見かけで判断したら泣くことになるぞというのは、重々思い知ってもいる平八だったりし。

 それに、そういうことがなくたって。

 「これがいいの?」
 「にゃあ・みゃうvv」

 お膝に乗っけた小さな仔猫様が、テーブルに手をつき身を乗り出すのへ。なお見えやすいようにと、箱を傾けてやり、1つ1つを指さす丁寧さよ。仔猫にチョコはダメダメなのはとうに承知。イチゴのショートやマスカットのタルトと一緒にいた もう1種、淡い黄色のターバン巻いた、丸いショートケーキを選んだ仔猫だったのへ、

 「あ、やっぱり。」

 モンブランを選ぶと思ったんですよねと。目串が当たったことへと喜色満面、ほくほくと笑ってしまう平八だ。新鮮な栗の風味が瑞々しくも香り立つ、このケーキが大好きな仔猫様なのは編集仲間の間でも有名で。七郎次からだけじゃあない、勘兵衛からだって、どれほど可愛がられているかをよくよく知っているし、

 “それだけってんじゃあなくて。”

 わくわくしているのは、落ち着きなく勘兵衛のお膝へも駆けてったので ありあり判り。だっていうのに、取り分けられたのへ飛びつくでなし、さあどうぞとフォークに掬われたのが口許まで運ばれるの、ちゃんと待っているお行儀のよさといい。小さなお口、小さなお手々で封しつつ、あむあむあむと堪能するお顔の……何とも言えぬまろやかさよ。

 「〜〜〜vv」

 平八もまた、こちらの仔猫さんの愛らしさとそれから。その所作や真っ赤なお眸々の醸す表情へ、何とも言い難い…人を和ませる不思議な存在感というものが宿るの、すっかりと知り尽くしているだけに。

 『だってよ、結構高いの持ってってもさ、
  まずはネコに選ばせんだぜ? あれはやめてほしいよな。』

 あんな感慨が沸く方がおかしいと思う自分は、こちらのご家族を親戚みたいに思ってるってことだろか。大先生のご家族相手にそれって、随分と僭越なことかも知れないけれど、

 「にゃあみゅ? みゃあみゃvv」

 とてとてと、テーブルの縁を回って来、こちらのお膝にちょんと小さな手を載せて乗り上がって来ると、愛らしいお顔を仰向けて、何やら話しかけて来てくださるのが、

  “だって可愛いんですもの、しょうがないじゃないですかvv”

 「あ、ヘイさんたら、勘兵衛様より愛されてますね。」
 「そうさな。御馳走様と言うておる。」
 「あっ、いやあの、うあぁあvv////////」

 真っ赤になって慌てて否定するものの、まんざらでもなくなったら、このご家族の身内も同然。


  ―― もしかしたなら、もっと別のお顔まで、
     見えるようになるかも知れませんものねぇ?
(微笑)





   おまけ


 「…あ、そうそう。
  シチさん、もしかして○○女学園に親戚の女の子が通っていませんか?」
 「○○女学園? いいえ。」
 「え? でも……。」
 「わたし、関東圏には叔父しかいませんよ?」
 「あれれぇ?」





   〜どさくさ・どっとはらい〜  2010.10.09.


  *しまった、今日は“勘久の日”じゃありませんか。
   でもでも、先の“女子高生”と、
   あんまり日が離れてもなんだしと、先にこっちを書きました。
   微妙なコラボ、いや、こういうのはリレーって言うのかな?
   秋の味覚つながりでしたが、いかがだったでしょうかしらvv

   栗ご飯なんて、最近食べたの いつが最後だったかなぁ。
   こちらのせんせえのところでは、
   遠くて近い名産地から、
   よく肥えて甘い栗が山ほど届けられてたりもするんですよvv
   とはいえ、栗ご飯とか渋皮煮とか、
   甘く煮てきんとんに入れたりとかいうのは作れても、
   モンブランは なかなかねぇと。
   こればっかりは買ったのじゃないとと、
   仔猫さんと“ねえ”なんて顔を見合わせてみたりしてvv

   「今度、キュウゾウくんが来たら、御馳走してあげようね。」
   「みゅうvv」
   「久蔵が大好きなケーキですよって。」
   「にゃんみゅうvvv」

   女子高生たちはそれこそ
   今度はモンブランに挑戦! かもですね。

   「……。(頷首)」
   「いや、登るんじゃなくて…。」
   「久蔵殿、判っててのボケですか、その手のピッケルは。」

   ああああ、キリがない。
(大笑)


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